本展は、大阪府が所蔵する金光松美作品より約45点を選出し紹介する展覧会です。
第二次世界大戦後のアメリカの美術界において、1950年代から60年代にかけてはニューヨーク・スクールの画家として、また60年代半ばから90年代にかけては西海岸ロサンゼルスで活躍した日系2世の画家、カネミツ・マツミ(金光松美)の50年代から90年代の作品を展示いたします。この機会に是非ご覧ください。
展覧会
「戦後アメリカ画壇に生きた日本人画家」
金光松美展
大阪府20世紀美術コレクション
金光松美/5-5(1962)
金光松美/流れ10(1990)
□会期
2009年7月6日[月]-7月11日[土]
□時間
10:00-18:00
※11日[土]は15:30まで
□会場
現代美術センター 展示室A
□入場
無料
「戦後アメリカ画壇に生きた日本人画家」-金光松美
金光は、1922年(大正11年)、アメリカ、ユタ州オグデン市に日系移民の子として生まれました。3歳から、両親の実家の広島で祖父母のもとに暮らし、16歳で単身で渡米、翌年いったん帰国したのち、日米間の緊張が高まっていくさなか、1940年に再渡米します。渡米後、金光は米国陸軍に招集され兵役につきますが、すぐに太平洋戦争がはじまりました。在米の日系人にとってはきわめて苛酷な状況でしたが、特別任務の画家としてヨーロッパにわたり、西洋の美術と文化にふれる機会を得ます。
戦後はボルティモアで、パトロンに恵まれ、素描画家としてデビューを果たしますが、1951年にはニューヨークに出て本格的な画家をめざします。ニューヨークではアート・スチューデンツ・リーグで国吉康雄のもとに学びます。
50年代前半は、具象的な作品を描いていましたが、1953年の国吉の死去にともなって、かねてからつきあいのあったジャクソン・ポロック、デ・クーニング、フランツ・クラインらとともに抽象表現主義をてがけるようになります。またニューヨーク近代美術館のフランク・オハラや美術評論化ハロルド・ローゼンバーグらの支持を得て活躍、近代美術やホイットニー美術館、ラディック画廊などで作品発表をおこない、アート・ニューズの表紙にも作品が掲載されました。
また日本との関連では、60年代に吉原治良の「具体」や森田子龍の「墨美」との交流などを持ち、1964年に26年振りの帰国を果たしました。
1965年、金光はニューヨークから、西海岸ロサンゼルスに移り、カリフォルニア大学バークレー校教授などをつとめ、70年代から80年代にかけて作品は次第に叙情的になっていき、「太平洋シリーズ」の波を想起させる作品をはじめ、四季の移り変わりや気象の変化をテーマに、色彩画家としてロマン主義的な傾向を強めていきました。
そして80年代後半から90年代の晩年にかけては、はるか遠い天空の宇宙をみつめるような神秘主義的な作品を残し1992年69歳で没しました。
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問い合わせ
大阪府立現代美術センター
〒540-0008 大阪市中央区大手前 3-1-43 大阪府新別館
TEL (06)4790-8520 FAX (06)4790-8522
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