審査員総評:
今井祝雄「大阪発アートの未来形」
大阪で生まれた画家・吉原治良の偉業をたたえ、1980年、平面作品による「吉原治良賞美術コンクール」が創設された。その折、ともに具体の会員だった村上三郎と私は、主催する大阪府立現代美術センターを訪ね、当時の高橋亨館長に、戦後の前衛美術を先駆けた具体美術協会(以下「具体」)のリーダー・吉原の名を冠した賞を平面に限定することはなじまない旨を申し入れた。そこで、同センターで行う実作審査には立体作品を含めると受け入れがスペース的に困難という事情で理解を求められ、あと村上と飲みに行ったことを思い出す。
同賞には実験的な平面作品に「グタイ記念賞」も設けられていたが、村上や私にしてみれば師であった吉原イコール「具体」にほかならない。「人の真似をするな」「見たことないものをつくれ」の掛け声のもと、絵画に限らず、まだことばさえなかったパフォーマンスやインスタレーションなど形式に捉われない作品に挑戦した「具体」。私が加わった1960年半ば以降の〝後期具体〟は多くが絵画に収斂していったが、それより10年前の〝前期具体〟から野外展や舞台で〝紙破り〟のパフォーマンスなどを体現、その後も絵画に収まりきれなかった村上においてその思いはなおさらであっただろう。
当初の絵画コンクールだった吉原賞を、「具体」結成以前の50歳ごろまで二科会を中心に活躍してきた一人の画家としての賞であったとすれば、一新したこのたびの「吉原治良賞記念アート・プロジェクト2008」は、戦後の現代アートを牽引した「具体」のリーダーとしての吉原に比重をおいた、もうひとつの吉原賞ということができる。
展示プランとポートフォリオ公募による第1次選考で入選したcontact Gonzo(コンタクト・ゴンゾ)、パラモデル、藤井光、山本握微、夢をみる夢ら5人(組) の展覧会が2007年1月に現代美術センターで開かれ、同展のあとコーディネーに選ばれた山下智博、山本麻友美の2名が加わったその後4カ月の公開サテライト【studio】での交流・学習・発表などを経たあと、最終選考によってそれぞれ1名(組)に絞られたパフォーマンス・ユニット=contact Gonzoと山本麻友美のキュレーションで、大阪をはじめフィンランドほか海外での活動報告を含む最終発表展が先ほど現代美術センターで行われ、3年にわたる画期的な同プロジェクトは無事終了した。
当初から私は審査員の一人として、21世紀の時点で「具体」の精神に照らせば、どんな表現がこの賞にふさわしいのかという問いを抱きながら、大阪での一部始終とはいえないまでも幾多の現場に立ち会った。なかでも小さいビルの一室【studio】における彼らの活動は、私ならずとも関係者にとって熱い日々であったに違いない。ここで繰り広げられたひと夏の時間は、大阪にあった「具体」の拠点「グタイピナコテカ」に似て、気ままなようでありながら真摯な空気に満ちていた。今日、現代アートへの理解はけっして十分とはいえないが、それでも吉原の時代に比べれば美術館をはじめ新聞社・NPOなどが開催する企画展が増え、マーケットも見据えた近年の動きを歓迎すべきなのかもしれない反面、多くの若い作家が受身的になりがちで、自主的な相互の研鑚と実験の場を築くことが少なくなっている現状を鑑みるとき、いわゆる〝いい仕事〟の品評会ではない「吉原治良賞記念アート・プロジェクト」が、ひとつのコンペティションを超えた、根源的かつ未来のアートを探ろうとする貴重な文化事業としての意義が際立ってくるのである。
もとより文化事業とは咲いた花を摘みとるだけでなく、種を蒔き芽が実を結ぶ時間をかけた土壌づくりを忘れてはならない。それだけに、いま経済的に先行きの見えづらい大阪府立現代美術センターが立ち上げた同プロジェクトが初めの終りにならないことを願わずにはいられない。
最後に〝初めて〟のこの長期プロジェクトの企画と運営に粘り強く働かれた関係各位の労をねぎらいたい。
今井祝雄(美術家、成安造形大学教授)
中塚宏行「吉原とグタイの精神はcontact Gonzoでどのように継承されたのか」
「精神と物質の格闘」から「痛みと接触の格闘」へ
「吉原治良賞美術コンクール」の実施主体が、現代美術センターの指定管理者制度の導入とともに、指定管理者事業に移行した2006年、この機会にコンクールの内容を大幅に刷新したいという声が関係者の間で大きくなった。同コンクールは、現代美術の平面作品を対象としたコンクールとして1980年から2004年までの24年間・隔年開催で全13回の歴史を重ねており、2003年の12回展のときに審査員を若いメンバーに世代交代してからまだ2回しか開催していなかったので、私は刷新案に対しては、当初よりかなり警戒感と懐疑をいだいて慎重になっていた。
刷新への主張はさまざまであったが、私なりの解釈を加えて要約すると「現在の吉原治良賞美術コンクールは、平面の現代絵画コンクールであり、絵画作品という<もの>をホワイトキューブという空間で展示する美学的・視覚偏重の展覧会である。これではさまざまに複雑な思想的・形式的展開を見せている先端的な現代アートの状況は十分に反映できないし、その活性化や、新たな才能の発掘・育成もできない。したがって、いわゆる一回限りの絵画コンクールのような方式は廃して、3年間にわたるプロジェクト形式にして、アート・コーディネーター制度やスタジオ活動を導入し、継続的にさまざまに多角的な活動をしてゆくことによって、アーティストとそのアートが理解されるようにすることが必要である」ということであった。
吉原治良の名前を冠することは、それがどのようなコンクールであれプロジェクトであれ、吉原治良という芸術家の精神を現代に継承することである。吉原と具体美術協会(以下、「具体」)の活動とその表現については、私もそれなりの知識を持ってはいたものの、吉原が生きた同じ時代、同じ場所、同じ空気、同じグループや団体での体験を共有していない我々にとって、その精神を今日の美術界に正確に継承・発展させることは、かなり難しい事といわねばならない。
かつてのコンクールでは、その役割を具体の中心メンバーであった元永定正氏や、同時代の具体の目撃者であり理解者でもあった高橋亨氏らが補完してくれていた。その後は、具体の若い世代の研究者である、尾崎信一郎氏や平井章一氏、芦屋市立美術館の活動として具体の検証を推進していた河崎晃一氏らがその役割を担ってくれたともいえる。そして、今回の刷新にあっては、具体の活動時に最も若い世代の会員であり、現在もなお吉原治良と具体の精神の延長線上で活躍している今井祝雄氏に、その役割の一端を担ってもらうことになった。
プロジェクトと呼ばれるアートの作法をどのように見るかについては様々な意見があろうが、私は、これは「美術作品という物質中心主義、そして美術館というホワイトキューブの展示空間からの脱却の思想」であると思っている。これは「アート・オブジェクト(物品)からの離脱志向」ともいえる。現代美術にはもともとそういった側面があったことも確かである。こうした、いわば非物質化ともいえる現象は、具体の活動が活発となっていった当時にも存在したが、無論まだ「プロジェクト」や「インスタレーション」といった言葉はなく、それらはアクション、ハプニング、イヴェントなどという名称で呼ばれ、当時において先鋭的な表現として展開していた。
つまり、このたびの「吉原治良賞記念アート・プロジェクト」とは、アクション、ハプニング、イベントといった言葉であらわされていた、具体の非絵画的な側面を、「プロジェクト」という今日的な用語に置き換えて、全面的に押し出すことによって、吉原と具体の精神を今日によみがえらせたいというスタンスであるといえる。
吉原治良と具体美術協会の活動は、とりわけその前半期でのアクションやハプニングにおいて異彩を放っていた。「ハトロン紙破り」しかり、「泥にいどむ」しかり、「絵具の瓶投げ」しかり、「フットペインティング」しかりである。そして全体として考えたとき「具体美術」にはプロジェクトという側面があったのも事実であり、その中で吉原はある意味、卓越したプロジェクトリーダーであり、アート・コーディネーターであり、プロデューサーであったといえよう。
[studio]で開催された個々の活動にも、私は時間の許す限り現場に足を運び、レクチャーやダイアローグを中心におこなわれる熱心な活動の時間と空間を共有したが、トーク(話言葉)と映像言語を中心に繰り広げられるイベントには、率直に言って私自身は多少ともあきたらないものを感じている。トークや映像は、言葉を介在させるがゆえに、とっつきやすい側面がある一方で、時間の経過をともなう中で、表現が煮詰まらずに、言葉だけが、あるいは映像だけが垂れ流れさてしまう危険性がある。
時間を物質に置き換えて表現してゆく手法、すなわち物質言語、いわば具体が様々なアクションの中でおこなった「物質との格闘」こそがもっと必要なのではないかという疑問を抱くのである。そういうと、contact Gonzoから「『痛みと接触』をともなう肉体こそ、物質の最たるものではないか」という反論がなされるかもしれないが。
このたびの吉原治良賞記念アート・プロジェクトは、結果として、コンテンポラリー・ダンス、パフォーマンスの文脈にあるアーティスト・ユニットで、「痛みの哲学・接触の技法」をテーゼとするcontact Gonzo がグランプリを受賞した。このプロジェクトをきっかけに、国際的な舞台へと活躍の場を広げようとしている彼らのアートは、私の言う物質言語ではなく身体言語の範疇に属するものであろう。かつて吉原は「具体美術においては人間精神と物質とが対立したまま、握手している。物質は精神に同化しない。精神は物質を従属させない」と述べている。
私がcontact Gonzoの今後に注視するのは、彼らの活動が記録されてゆくメディアの物質性についての再確認と留意、そして物質世界との距離感をどのように保つのかについてである。つまり、身体言語とそれを表象する様々なメディア(物質)の可能性と特性をどのように活かして、すぐれた表現へと高めてゆくのかが求められているのである。
中塚宏行(大阪府立現代美術センター・主任研究員)
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