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現代美術の回廊ココア
大阪府の所蔵作品より須田剋太『街道をゆく』シリーズを中心に絵画作品など約180点展示しています。
会場 : 大阪府庁本館 ※地図→こちらから
1階から3階までの吹き抜けロビー及び2階の廊下

2階の展示の様子
時間 : 9:00*18:00
休み : 土曜・日曜・祝日・年末年始。但し、臨時開館あり。
観覧料 : 無料
アクセス : 地下鉄谷町線・京阪「天満橋《駅3番出口から徒歩約10分。
地下鉄谷町線・中央線「谷町四丁目《駅1―A出口から徒歩約10分。
大阪市バス101系統・102系統「大手前《停留所下車。
お問合せ : 大阪府立現代美術センター:TEL06*4790*8520
催概要

2005年より大阪府現代美術コレクションを鑑賞していただけるよう、大正時代期に建てられた歴史的建造物でもある大阪府庁舎の本館1階から3階のフロアに「現代美術の回廊─ココア[COCOA]The Corridor of Contemporary Art《を設置しています。現在は、須田剋太による『街道をゆく』シリーズ(★)の挿絵原画など約180点を展示しています。また、上前智祐の作品18点、金光松美の作品12点を展示しています。

★:『街道をゆく』シリーズ…1971年より週刊朝日に連載されていた司馬遼太郎著による同タイトル歴史紀行文学の挿絵として、須田剋太により描かれたもので、述べ点数は約1,800点におよびます。1990年に大阪府に寄贈されました。

示内容

1F吹き抜け付近:須田剋太/抽象作品を展示:3点
2F吹き抜け付近:金光松美/抽象作品を展示:12

2F通路部分:須田剋太/「街道をゆく《シリーズと抽象作品を展示:約150点
3F吹き抜け付近:上前智祐/油彩(具象)、縫いの作品等を展示:18点

・予告なく一部展示替えをする場合があります。


府庁の様子
展作家 略歴

上前智祐/CHIYU UEMAE(1920年-)
 。
1920年 京都府中郡奥大野村(現在の京丹後市)に生まれる。
1950年 神戸に移住。
1954年 「具体美術協会《結成に参加(第1回展より解散まで出品)「モダンアート展《/東京都美術館ほか。(1970年まで出品)
1964年 「現代美術の動向展《/国立近代美術館京都分館。
1976年 「Ge展《に参加(2001年退会まで出品)「具体美術の18年展《/大阪府民ギャラリー。
1979年 吉原治良と具体のその後《/兵庫県立近代美術館。
1982年 「油彩と縫いによる個展《/大阪府立現代美術センター。
1983年 「墨画と版画による個展《/大阪府立現代美術センター。
1985年 「絵画の嵐ーアンフォルメル・具体・コブラ《/国立国際美術館[大阪]。
1990年 「大阪トリエンナーレ’90《/マイドーム大阪。
1999年 「上前智祐ー集合と稠密のコスモロジー《/大阪府立現代美術センター 紺綬褒章、兵庫県文化賞受賞。
2004年 「結成50周年記念ー具体・回顧展《/兵庫県立美術館。
2005年 縫う人ー針仕事の豊かな時間《/ボーダレス・アートギャラリーNO-MA[滋賀]「上前智祐と具体美術協会《福岡市美術館。
2006年 「上前智祐の世界展《/海岸通ギャラリーCASO。
2008年 「点と面の詩情《/和歌山県立近代美術館。 ほか個展、グループ展多数開催
ほか個展、グループ展多数開催

上前作品ページへ
上前智祐/白・黒



上前作品ページへ
上前智祐/縫(青・赤)



金光松美/MATSUMI KANEMITSU(1922年-1992年)
 。
1922年 アメリカ合衆国生まれ
1925年 3歳から18歳まで、両親の実家がある広島で育つ
1938年 単身渡米。ネバダの鉱山などで働く。一時帰国するが1940年に再渡米。
1941年 米軍陸軍に徴兵され、特殊サービス部の画家として兵役につく。
ユタ、カリフォルニア、ワシントンを経てカンザス州ライリー駐屯地に移る。
1942年 カンザス州ライリー駐屯地の図書館で初めての個展を開く。
1943年 ネブラスカ、イリノイ州エリーの医療キャンプと移る。
1944年 米軍陸軍とともにヨーロッパに渡り、イギリス、フランス、イタリア、ドイツを回る。
ピカソ、マチスと会う機会をもつ。
1946年~ 除隊後、ボルティモアで船大工の仕事につきながら作品制作をする。
友人等に恵まれ、画家としてのデビューを果たす。パトロンの援助を得て、ヨーロッパに遊学。
1951年~ ニューヨークに出て本格的に画家をめざす。アート・スチューデンツ・リーグ入学。
ボードマン・ロビンソン、ハリー・スタインバーグ、国吉康雄に学ぶ。
1952年~ ニューヨークを拠点として活動する。ジャクソン・ポロック、フランツ・クラインらと交友する。
1954年 国吉康雄氏の死去にともなって、具象から抽象表現主義に移行。
ニューヨークのアーティスト・グループに入会。ニューヨーク・スクールの日本人画家として活躍。
1956年 ニューヨーク近代美術館、「近作U.S.Aドローイング展《出品。
以後、美術館でのグループ展、ギャラリーでの個展を多数開催。
1965年~ ロサンゼルスを拠点として活動する。美術学校などで教鞭をとる。
1967年 日本で初めての個展を東京のポール・ギャラリーで開催。
1990年 第1回大阪トリエンナーレで近畿日本鉄道賞受賞。
1992年 ロサンゼルスのアトリエで、肺がんのため死去。
1998年 国立国際美術館、広島市現代美術館で回顧展開催。
金光作品ページへ
金光松美/夏の夜/1990年



上前作品ページへ
金光松美/島の日曜日/1978-79年




須田剋太/KOKUTA SUDA(1906年*1990年)
具象画・抽象画の枠組みから超越し、多彩な作品を描き続けた作家です。
1906年 埼玉県吹上町に生まれる。本吊・勝三郎。
1927年 埼玉県立熊谷中学校(旧制)卒業。その後、浦和市に在住し、独学で絵を学ぶ。
1934年 寺内萬治郎より光風会展、官展への出品の誘いをうける。
1936年 文展入選。
1939・42年 新文展特選受賞。
1947年 日展特選受賞。西宮へ転居。
1949年 国画会会員になる。
長谷川三郎と出会い彼の理論に共鳴し、以降、主に抽象画を制作。
1957年 「第4回サンパウロ・ビエンナーレ《展に出品。以降、海外でも活躍。
1971年 週刊朝日の司馬遼太郎著『街道をゆく』挿絵担当。兵庫県文化賞受賞。
1983年 『街道をゆく』挿絵で第14回講談社出版文化賞さし絵賞受賞。
1990年 大阪府および飯田市美術博物館に作品寄贈。(大阪府は2227点寄贈を受ける。)
死去、享年84歳。 
1997年 東大阪市民美術センター「須田剋太 『街道をゆく』原画展《開催。以後毎年開催。
1999年・2002年 大阪府立現代美術センター「須田剋太『街道をゆく』挿絵原画展《開催。
2005年 大阪府近つ飛鳥博物館・関西国際空港・大阪府立中之島中央図書館
「須田剋太が描いた司馬遼太郎『街道をゆく』展《開催。
2006年 大阪府立現代美術センター「須田剋太『56/2227』展《開催。
2009年 大阪府立現代美術センター「須田剋太『街道シリーズ』展《開催。
※画像をクリックすると、COCOAで展示中の須田剋太作品をご覧いただけます。
画像をクリックするインターネット特別企画展須田剋太:挿絵原画展をご覧いただけます。
須田剋太/山口市瑠璃光寺



画像をクリックするインターネット特別企画展須田剋太:挿絵原画展をご覧いただけます。
須田剋太/宇和島市全景



連リンク

インターネット美術館特別企画展ではCOCOAで展示中の須田剋太「街道をゆく《シリーズ挿絵原画の全作品画像を紹介するインターネット美術館特別企画展須田剋太:挿絵原画展をご覧いただけます。

また、同特別企画展では
岩宮武二-もうひとつの世界-
伊藤継郎-描きとめたいことがある-
前田藤四郎の版画作法展
にてインターネット上でそれぞれの作家の作品を紹介しています。

ココア[COCOA]を鑑賞されるみなさまへのお願い

■作品に触れないようお願いいたします。
■写真は個人の範囲でお楽しみください。 三脚やフラッシュの利用はご遠慮ください。
■本館内各執務室への、ココア作品展示に関するご質問などはお控えください。
■周囲には執務室等ございますので、お静かに作品をご鑑賞ください。

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